「機長の1日」をJALの現役パイロットに聞いてみた–コックピットの日常風景

「機長の1日」をJALの現役パイロットに聞いてみた–コックピットの日常風景

羽田=ロンドン線はこうして始まる – 整備士やCA等の打ち合わせも分刻み

「憧れの職業」に挙げられることも多いパイロットだが、安全・安心を根幹とする航空会社にとって、その手にかかる責務は多大なものであり、失敗は許されない。しかし、実際にその仕事ぶりを我々が直接目にすることはほぼない。そんなパイロットたちは普段、どのような日々を過ごしているのだろうか。「機長の1日」をテーマにして、JALの現役パイロットに話をうかがった。

「機長の1日」をJALの現役パイロットに聞いてみた–コックピットの日常風景
入社31年目の鶴谷忠久氏は現在、ボーイング777の機長として乗務にあたっている(駐機中に撮影)

国内パイロットの乗務時間は1カ月100時間以内

JALには現在、約2,100人(2017年3月31日付、訓練生含む)の運航乗務員がいる。今回、話をうかがった鶴谷忠久氏は昭和61(1986)年入社で、この道31年目のベテランだ。航空ライセンスはボーイング747、ボーイング767、ボーイング777の3機種取得しているが、JALの方針として特定の1機種を専属で操縦するようにしているため、現在は777機長として乗務にあたっている。

一番思い入れのある機材を質問したところ、「それぞれに思い出があってひとつには選べないですね」と笑顔。JALのパイロットは取得する機種を自分で選ぶことはできないものの、初めて操縦かんを握った飛行機、機長として初めて乗務した飛行機、退役まで見送った飛行機などと、その時その時の感慨深さは今でも忘れられないものだという。その一方で、最新機材を操縦してみたいという気持ちはあり、JALが2019年に国内航空会社としては初めて受領するエアバスA350を希望するパイロットも多いようだ。

航空法では、65歳未満では乗務時間は1カ月100時間・3カ月270時間・1年1,000時間を超えないことが定められており、JALではさらに時間を制限した乗務時間内で各パイロットにフライトを割り振っている。鶴谷氏の場合、777は国内・国際線ともに運航されている機材であり、定められた乗務時間の中で、全国・世界へと飛び回る。基本的に乗務は往復ともに同じパイロットが担うため、国内線の場合は日帰りで往復便を操縦することもあるが、国際線の場合は現地に1,2日滞在してから復路便を操縦する。

JL043(11:30羽田発/15:10ロンドン着)を例にすると、鶴谷氏のスケジュールはざっくりと言って以下のようになる。

777に乗って、いざロンドンへ
  • ~9時45分: 羽田に出社し、オフィスで出頭確認
  • ~10時15分: 飛行経路や天候などの打ち合わせ
  • ~10時30分: 搭乗
  • ~11時: 整備状態確認・飛行機の外部点検・客室乗務員と打ち合わせ・室内の計器類の確認など
  • 11時: 乗客の搭乗開始
  • 11時25分: 管制官より飛行許可を取得
  • 11時30分: ドアを閉め、地上走行開始
  • 11時45分: 離陸
  • 12時10分: 巡航高度に到達
  • 14時30分: 降下開始
  • 15時10分: ロンドン到着

出社

人によっては、靴を右から履くなどと願掛け的な習慣を持っている人もいるという。先輩からの言葉を受けて、鶴谷氏が今でも奥さんにお願いしていることは、「仕事に行く時はいつも笑顔で見送ってほしい」とのこと。この笑顔で安心してまた乗務に挑めるのだろう。

飛行経路や天候などの打ち合わせ

機長・副操縦士の2~3人で、パソコンに入力されたデーターを見ながら打ち合わせを行う。

機長と副操縦士でフライト前に打ち合わせ

搭乗

JALオペレーションセンターから羽田空港国際線ターミナルへ移動する場合、距離があるため車を使うことがあるが、その他は基本的に徒歩で移動。国際線乗務の場合は、一般旅客と同様に出入国手続きが必要であるが、パスポートへの出国・入国のスタンプの有無はその国・地域によって異なり、書類や電子化されているところもあるという。

整備状態確認・飛行機の外部点検・客室乗務員と打ち合わせ・室内の計器類の確認など

整備状態確認・飛行機の外部点検が終わらない限り、乗客は搭乗できない。客室乗務員との打ち合わせでは、保安関係や本日の飛行計画、天候などによる揺れの状況などを共有する。

乗客の搭乗開始

計器類の確認などは乗客の搭乗中に行うこともある。同時並行で、外ではグランドハンドリングが貨物室へ荷物の搭載を行っている。

管制官より飛行許可を取得し、ドアを閉め、地上走行開始

地上で荷物の搭載が終わり、ドアを閉めてからボーディングブリッジが機体から外されたことを確認する。飛行機がバックする際は専用の車でプッシュバックしてもらい、地上走行に入る。

離陸

離陸は手動で行う。上昇が安定したら自動操縦に移行。

巡航高度に到達

巡航高度では、基本的に自動操縦となる。

降下開始

管制からの指示または許可で降下を開始。

到着

着陸態勢に入ったら、操縦は自動に切り替えることが多い。到着後は操縦室の主要システムをオフにして、一般旅客と同様に入国手続きを行う。この入国手続きを終えたら、機長は指揮監督としての任務が終了となる。

これが一連の流れとなる。では、離陸や着陸時、巡航高度での操縦時、フライトとフライトの間の過ごし方など、その時々の様子を聞いてみよう。

パイロットが感じる離着陸と自動操縦の緊張感–フライト後にいつも思うこと

離陸と着陸、どっちが緊張する?

着陸の際、ファームタッチダウン(ドンと着く感じの着陸)にあたることもあるだろう。鶴谷氏によると、場合によっては意図的にファームタッチダウンをすることもあると言う。

「プロのパイロットであれば、ファームタッチダウンは避けられますが、それは条件次第です。例えば、滑走路が長ければいくらでもスムーズにランディングできます。あえてドンと着く時は、原因はふたつです。滑走路が濡れている・雪が積もっている、横風が非常に強く方向の制御が難しい場合は、ブレーキ作動を迅速にするために、しっかりとした接地をします。

一方で頻度は非常に低いですが、気象条件が厳しくて、飛行機の性能上、やむおえずということももちろんあります。例えば、風の吹き方が一定ではなく強弱の振れ幅がある場合、最終的に接地の瞬間に風が急に減ったりするとファームタッチダウンになることもあります。極力不快な衝撃にならないように努力はしますが、それでもゼロにはならないです」(鶴谷氏)。

ファームタッチダウンは意図的に行うこともある(駐機中に撮影)

実際、離陸と着陸ではどちらが緊張するか尋ねたところ、「一般の方がイメージするのは着陸だと思いますが、私たちの多くは離陸だと思っています」ということだった。

「離陸は全部手動です。たぶん、技術的には不可能ではないと思っていますが、離陸の方がある意味大変なんです。飛行機という巨体を速度ゼロの状態から走らせ、エンジンの力を借りて浮かせないといけません。

そのため、もちろん私自身は離陸中にエンジンが不調になるという経験はないのですが、注意力を高めるという意味で、『今日、エンジンが止まる。止まったらこうしなきゃ』ということを毎回考えるようにしています。不具合が生じた場合、そのケースは多岐にわたるため、航空技術が発達しても、まだまだ人の力が必要なのではと私は考えています。周りに何も障害物のないところでしたら、技術的には自動離陸は可能だと思いますが」(鶴谷氏)。

自動操縦が”自動”でないわけ

離陸は手動ではあるものの、先のスケジュールを見てみると、ほとんどの時間は自動操縦であることに気づくだろう。実際、鶴谷氏の場合、天気が悪く、かつ、霧の都・ロンドンに着陸する路線では、離陸して高度60mに達した時で自動操縦に切り替える。また、着陸する際も霧で視界が悪い時は、自動着陸が義務化されている場合もある。

霧などで視界が悪い時は、地上滑走でもギリギリのタイミングまで自動操縦を使うという。逆に、正面・横・後ろ風が強い時は、着陸時にも手動操縦が求められる。

自動操縦だからと言って、パイロットは飛行中、何もしていないわけではない。各国・地域の管制官と随時、ときには衛星通信を経てやりとりをしており、正しく水平飛行ができているか、また、刻々と変わる天候も計算に入れた自動操縦を調整している。

「自動操縦で楽をしていると感じるかもしれませんが、自分でないものに操縦させる難しさがあります。例えばクルマで信号のある交差点で左折する際、信号を確認するなど状況を見て、ブレーキを踏みながらハンドルを回し、ある程度まで曲がったらブレーキを離す、という流れになりますが、これらをきっちり数字化したり、コンピューターにプログラミングしたりすることをイメージしてみてください。飛行機で言うなら、この角度で旋回させて、アクセルの踏み方のモード・増減を制御するなどになりますが、それらが想定通りに作動しているか、常にチェックしなければいけません。

上限以上の速度が出ないように注意する、目の前に入道雲があれば避けるように操作する、客室乗務員から揺れが大きいという指摘があれば対応する、などもそうです。また、何かあった時にどうするか、ということをいつも考えています。片方のエンジンの推力が下がった、お客さまに急病人が出たらどこに下りたらいいだろうか、などです」(鶴谷氏)。

機内食やトイレはどうしてる?

パイロットも機内ではご飯を食べたり、交代要員がいる長距離フライトの場合は交代で身体を休めたりしている。機内食はリスク管理のため、機長と副操縦士、別々のメニューを食べるようにしている。また、その機内食は一般に提供される機内食とは異なり、パイロット用にややアレンジされているようだ。外見も、トレーや食器ではなく、専用の紙箱に収められたコンパクトな仕様。ご飯を食べる時も、操縦席に座ったままとなる。

トイレでひとりが席を外す場合、通常の巡航高度では、残る方のパイロットが酸素マスクをして乗務を続ける。酸素マスクはひとりで操縦室にいる際に、酸素濃度が低くなったなどの異常に気がつかないことを避けるための処置だ。また、操縦室でひとりだけにならないよう、客室乗務員が操縦室に呼ばれて操縦室内に控えるようになっている。なお、JALのパイロットは一般と同じトイレを使用する。

鶴谷氏はいつも、「お客さまのトイレをお借りしている」という気持ちでトイレを使っているという。そのため、使う前よりも美しくなるよう、ちょっとした掃除もしてトイレを後にするそうだ

「操縦席から見える絶景と言えば? 」と質問をすると、「やはりオーロラですね」と鶴谷氏。特に操縦席という視界の開けた大きな窓なので、オーロラをくぐりながら下から見上げることもできるという。北極であれば、氷山もまた魅力的な風景だ。南の島であれば、オーストラリアからの復路で、バタフライアイランド(こうもり島)という美しい環礁を見ることができるという。なお、飛行機の影の周りに光の輪が浮かびあがる「ブロッケン現象」は、見ると幸せになれると言われているような貴重なものだが、パイロットたちにとってはごく日常的に光景のようだ。

「今日は思ったほどでもなかった」

出入国の際には、乗務員たちも出入国の審査が必要になる。ただし、一般旅客と同様のスタンプのほか、乗務員専用のスタンプやIDカードの提示など、国・地域によって方法が異なる。鶴谷氏が羽田=ロンドン線を乗務する際、基本的に現地に2泊するという。鶴谷氏は、なるべく現地の時間に合わせることで時差ぼけを解消するようにしているようで、特に睡眠時間を細かく調整し、乗務中がベストなコンディションになるようにもっていく。また、海外でも意識的に身体を動かしているという。

「パイロットは航空法によって航空身体検査が義務付けられています。身長・体重などの一般的な健康診断での項目のほか、呼吸器系や眼、循環器系、血液・造血機能など細かく項目があり、全ての項目において70点以上でないと操縦ができません。そのためみな、日常的に身体を整えています」(鶴谷氏)。

機長は「定期運送用操縦士技能証明書」「技能証明―限定事項」「技能証明書-航空英語能力証明」「技能証明書―特定操縦技能審査/確認」「第1種航空身体検査証明書」「無線従事者免許証」「フライトログブック」を常に携帯している

飲酒に関しても航空法で定めがあるが、JALは社内規定でより厳しい基準を設けている。具体的には、乗務開始の12時間前から運航終了まで禁止、また、12時間以前であっても乗務に支障をきたす飲み方は禁止、などと定めている。また、乗務開始前24時間以内にボンベ等の潜水用具を使用してダイビングも禁止など、パイロットにはいろいろと制約がある。

日本への復路でも往路同様、定められたスケジュールの中で業務にあたる。鶴谷氏はフライトを終える際、いつも「今日は思ったほどでもなかった」と思えることを大事にしているという。それは、あらゆるリスクを考えた上で、想定範囲の対応がしっかりできたという意味だ。その範囲を超えた時に感じるであろう、「今日は運が良かった」というようなフライトは決してしないということを、いつも肝に銘じていることがうかがえる。

通常、パイロットとの接点は機内アナウンスくらいでしかない。そのため鶴谷氏は、「我々が操縦以外でプラスでできることはこれしかない」という気持ちで、機内アナウンスに臨んでいるという。ぜひ今度のフライトでは、パイロットのアナウンスに耳を澄ませていただきたい。

著者:松永早弥香

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